プロローグ

その週末は、ひさしぶりの家族で国内旅行だった。

子どもの頃は、よく両親に兄弟、姉妹みなそろって家族で国内旅行に出かけたものだった。しかし、大人になって実家を出て、兄弟姉妹それぞれに独立し、それぞれ自身の家族を持つようになってからは、もともとの家族である両親、兄弟姉妹そろって泊まりがけの旅行に出かけるなどということはすっかり無くなっていた。

東京から高速に乗って、車でわずか数時間、信州は長野へと帰省する距離にすれば、ほんのわずか、土日だけの一泊だけの小旅行。それでも久しぶりの家族旅行とあって、一家団欒ほのぼのとした国内旅行だった。

帰省先の家にたどり着く少し手前にあるスーパーマーケットに、その日の晩、食べる食事の買い出しのためにふらりと立ち寄った。その日の晩ごはんは、すき焼きにしようと旅行に出かける前からみなで事前に決めていた。白菜、しらたき、しいたけ、卵に、牛肉それに食後のデザートには、最近、長野で流行っている黄緑色のシャインマスカットというぶどうも購入した。ビール好きの弟と姉は、ちゃっかりいつの間にかショッピングカートの中にビールの缶まで入れていた。

帰省先の家に到着すると、ずっと締め切ったままだったので、雨戸を全開に開けて、部屋の中の空気を入れ換える。私は、姉や妹たちといっしょにスーパーマーケットで購入してきた肉や野菜をまな板の上に並べ、包丁で手際よく切っていく。弟は、テーブルの上にカセットコンロとお鍋を置くと、購入してきた牛肉を1枚ずつ丁寧に焼いていく。すき焼きや鍋をするときは、いつも弟が鍋奉行だった。

その日の夕食は最高だった。

みなは、お腹いっぱいになると、それぞれ布団を敷いて、大部屋でごろりと横になって眠りについた。奥の部屋では、両親が先にベッドで眠りについていた。

姉や妹たちは、子どもの頃を思い出したように布団の中で夜遅くまでおしゃべりをしていた。私は、布団の中で姉たちの会話を聞くともなしに、聞きながら、兄たちが視聴していたテレビの番組を眺めていた。布団の中で姉たちのおしゃべりとテレビの音声を聞いているうちに、やがて、いつの間にか眠ってしまっていた。夜中に目が覚めて、周りを見渡してみると、テレビの画面は消えており、部屋の明かりも消え、真っ暗になっていた。おしゃべりをしていた姉たちの会話も消え、みなぐっすり眠っていた。

次の日の朝、前日に買っておいたパンと、昨夜のすき焼きで余った卵で目玉焼きを作って朝ごはんにする。朝ごはんを食べ終わると姉たち電車組は、軽井沢の駅前にあるアウトレットモールでショッピングを楽しんでから、軽井沢駅から新幹線に乗って帰路についた。

私たち自動車組は、昼間になって高速が渋滞しないうちに、早めに帰路についた。

この帰路で、私の不幸はゆっくりとやってくるのだった。

これは、久しぶりの家族旅行からの帰り道、突然の不幸に襲われ、前立腺肥大症という病と3ヶ月にわたる長き日々を過ごしてきた闘病記の記録である。

すべての不幸のはじまりにつづく


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