退院の朝

「ごはんです」

そう言って、そろそろ朝ごはんが運ばれてくる頃かな、と思いながら、病室の自分のベッドに座っていた。

「お薬です」

ごはんです、の前に、薬剤師のお兄さんがやって来た。薬剤師のお兄さんが持ってきたお薬は、ユリーフというお薬だった。これで、前立腺を安定させて、おしっこが出るようにしてくれるのだという。ユリーフを朝ごはんと夜ごはんの後に、1錠ずつ飲むようにとのことだった。ユリーフは、お水と一緒に飲み込んでもいいが、ドロップのように口の中で舐めていれば、自然と溶けて身体の中に流れていくのだそうだ。

「朝ごはんを食べ終わった後、これを1錠飲んで下さい」

「1つだけなのですか?退院して、今日の夜からの分は?」

夜からの分のお薬は、退院のときに処方箋が出るので、それを持って、薬屋さんでもらうようにと説明された。

「そこのイオンでもいいのですか?」

今回、入院しているこの病院のすぐ脇、エントランスを出て、目の前の横断歩道を渡ったところに、大きなイオンモール、イオンスタイルのお店があるのだった。イオンでも大丈夫だというので、退院したら帰りがけに、イオンに寄って、ワオンでお薬を買って帰ろうと思った。

「ごはんです」

薬剤師のお兄さんが帰った後、お待ちかねの朝ごはんがプレートに載せられて、やって来た。病院の食事は、1つのプラスチックプレートに載せられてやって来る。プレートには、各お皿に、おかずが1品ずつ載っかっていて、それぞれのお皿は、ちゃんとプラスチックの蓋で閉じられている。そして、そのときの食事のメニューが、小さな紙にカロリー表と一緒に記載されていた。

「いただきます」

ベッドの上に腰かけて、ベッドテーブルの上の朝ごはんを食べようとしているとき、ノートパソコンが乗った台車をゴロゴロ押して、看護師が朝の検査にやって来た。

「お食事中にごめんなさいね」

「いいえ、大丈夫です」

私は、右の腕を出して、そこにバンドを巻いてもらって、血圧を測ってもらう。左手では、体温計を受け取り、脇の下で熱を測る。最後に、小さなクリップ型の機械の中に、人差し指を挿入して計測してもらう。数値的にも、何の問題も無いようだった。

朝の検査が終わって、私が朝ごはんを食べ始めると、隣のおじいさんたちは、相変わらず食事が早い。急がしそうに箸やスプーンを動かしながら、朝ごはんを食べている。その音を聞きながら、私は、なるだけゆっくりと味わいながら食事していた。

おじいさんたちは、食べ終わった食器は、自分のベッドテーブルにそのままにしていたが、私は、食べ終わった食器を持って、病室の表に停めてある食事の台車まで戻した。

食器を戻し、トイレへ行ってから病室に戻ってくると、廊下側のベッドのおじいさんが、看護師と話していた。

「食事が終わったら、会計担当の看護師が来ますので、それまで、病室からは出ないで、ここで待っていてくださいね」

看護師は、おじいさんに説明していた。どうやら、廊下側のおじいさんも、今朝退院するようだった。

看護師は、おじいさんに今日退院ですけど、会計の人が来るまでは帰らないで、ここにいるようにと、やたらと念を押していた。前に、会計の人が来る前に、さっさと帰ってしまった人がいて大変だったんだ。だから、ちゃんとここにいるようにと繰り返していた。

その向こうのおじいさんも今朝退院のようだったが、窓側のおじいさんも、私も、そんなこと一言も言われていないのに、廊下側のおじいさんだけやたらと念を押されていた。よっぽど食い逃げならぬ、受診逃げしそうに見えたのであろうか。

窓側のおじいさんは、娘さんがやって来て、今日から個室に入るみたいで、部屋を移動していった。私とおじいさんたち2人は、会計の人が来るのを帰る準備をしながら、ベッドで待っていた。廊下側のおじいさんも、受診逃げすることなく、ちゃんとベッドで待っていた。

よっぽど受診逃げすると思われていたのだろうか、やっぱり一番先に、廊下側のおじいさんの所に、会計の人はやって来た。おじいさんに、会計の紙を渡すと、1階エントランスの会計機で支払うように説明していた。

次に、もう1人のおじいさんの所に、会計の人がやって来て、最後に私の所に、会計の人がやって来た。会計の紙と一緒に、ユリーフのお薬をもらうための処方箋も渡された。

「お大事に」

会計の人に送り出されて、私は病室を出た。順番は一番最後だったが、それほど遅れてはいなかったと思っていたのに、私が病室を出るとき、既におじいさんたちの姿は、どこにも無かった。食事だけでなく、帰宅のスピードも早いようだった。

「早いなぁ」

私も、少し急ぎ目に、入院棟のエレベーターで1階へ降り、エントランスにある会計に、病室で会計の人に渡された書類を手渡す。

「お支払いは、向かいの機械でお願いします」

会計窓口の向かいにある機械に、自分の診察券を投入すると、今回の入院、診察費用の合計が表示された。

44,800円

安いといえる金額ではないかもしれないが、診察もしてもらって、1日3食、食事付きで2泊3日もしたのだ。このぐらい掛かっても、仕方がないのかもしれない。本当は、昨日泌尿器科の先生に退院しますかと聞かれたときに察しがついて、はいと答えられていれば、もう少し安くて済んだのかもしれなかった。

現金もしくはクレジットカードを機械に挿入することで支払いが済ませられた。クレジットカードでは支払いたくなかったので、一端、病院を出てイオンの向こうの三井住友銀行に行き、そこで現金を引き出してきてから、病院に戻り、支払いを済ませた。

病院から家まで歩いて、だいたい15分ぐらいの距離だ。病院を出ると、すぐ隣のビルのイオンスタイル1階の処方箋薬局に寄って、薬をもらってから帰る。ユリーフは朝晩1錠ずつで、ちょうど2週間分もらった。2週間後、薬が切れるときに、外来でまた病院に行くことになっていた。

「ただいま!」

私が、家の鍵を開けて、玄関から中に向かって叫ぶと、愛猫が飛んで出迎えに来てくれた。

「ただいま、もう退院したから、ずっと一緒にいられるよ」

私は、愛猫の頭をいっぱい、いっぱい撫でてあげた。

袋と生活する準備につづく


退院の朝
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