おしっこ袋の使い方

「泌尿器科の先生から呼ばれました」

病室のベッドの上に腰かけてのんびりしていると、看護師が迎えにきた。

お風呂のあと、入院棟の受付で一時外出の許可をもらえたので、その日の午後、お昼ごはんを食べた後に、自宅に帰れることとなっていた。今日は、家に帰ったら、まずトイレ前の廊下にバラまいたままの汚物を片づけなければと思っていた。汚物を片付け終わった後は、夜ずっと一人ぼっちにさせてしまった愛猫のことをいっぱい抱きしめてあげなくては。そんなことを考えていたときに、看護師が迎えに来た。

「行きましょうか」

看護師のあとについて、泌尿器科の先生がいるという診察室に向かう。廊下の向こうから誰か歩いてくる人とすれ違う度に、廊下を看護師と一緒に歩いていると、なんか自分が1人では歩けない重症患者になったような気分になった。

「あのぅ、場所を教えてもらえたら、1人でも行けますよ」

私は、看護師に伝えたが、看護師が一緒についていかなければならないのがルールなのか、看護師は、私に場所は教えてくれずに、泌尿器科の診察室までずっとついてきてくれた。

「こちらです」

談話室の奥にある細い廊下の先を、真っ直ぐに歩いていき、廊下の先にある白い壁の前で、看護師は立ち止まった。看護師が白い壁の脇に付いているセンサーに、自分がぶら下げていたIDカードを当てると、白い壁が音もなく開いた。看護師のあとについて、その中に入ると、目の前にエレベーターがあって、そのエレベーターに乗りこむ。

看護師と共にエレベーターに乗りこむと、エレベーターは下へと下降していった。下の階に到着して、エレベーターを降りると、また真っ白の小部屋があり、壁のセンサーに看護師がIDカードを当てると、目の前の白い壁が開いて、表の外来の診察フロアに出た。

「なんか秘密のフロアみたいですね」

「職員専用のエレベーターだから」

看護師は、私に答えた。私は、入院棟の談話室奥の細い廊下を抜けていくと、突然現れる白い壁、IDカードのセンサーで開く隠し扉、真っ白のエレベーター、なんだかまるで映画「STARWARS」のダースベーダーの秘密基地の中にでも迷い込んだみたいな気分だった。

診察フロアには、大勢の患者さんたちが自分たちの診察の順番が来るのを、廊下の椅子に腰かけて待っていた。その患者さんたちの前を通り過ぎて、一番奥の診察室の前まで移動した。

「ここに座って、しばらくお待ち下さいね」

看護師に言われて、奥の診察室の前の椅子に腰かけて、診察の順番を待つ、待とうと腰かけるやいなや、診察室の扉が開いて、部屋の中から呼ばれた。たぶん自分の順番が来て、入院棟で呼ばれたから、殆ど待たされることなく順番がやって来たのであろう。

「とっても巨大な前立腺です」

看護師に連れられて、診察室の中に入ると、診察室にいた先生に、昨日若い医師に見せられた自分のレントゲン写真を見ながら、声をかけられた。

「前立腺が大きくて邪魔するので、おしっこが出ることが出来なくなっています。一度大きくなった前立腺は、また小さくなることはありません。お薬を飲んで、尿道を広げて、またおしっこが出来るようにしましょう」

先生は、私に言った。

「お薬を飲みながら、外来で、通院でおしっこが出るようになったかを確認しながら治していきましょう」

「その間、おしっこはどうしたら良いのですか?」

「その袋をぶら下げたまま、家に帰って生活すれば、おしっこはクダを通して、いつでも袋に出てくれるので大丈夫です。袋がいっぱいになったら、時々おしっこを袋から出してあげれば良いです。袋からおしっこを出すやり方は、あとで教えてあげて下さいね」

先生は、一緒について来てくれた看護師に声をかけた。

「それなので後は、外来の通院でやるので、もう退院しても良いですよ。今日、退院しますか?」

突然、先生にそう言われた。

本当は、そのときに今日退院しますと言えば、その日の夜からまた愛猫と共に寝ることも出来たのであろう。しかし、午後に愛猫に会えるということしか頭になかった私には、今すぐに退院してしまうと、午後に愛猫と会う予定はどうなるのだろうという、もう会えなくなるのではという思いしかなかった。それで返事に迷っていると、

「それとも今日は、おしっこの袋の取り出し方をレクチャーしてもらって、明日の朝に退院しましょうか」

「はい」

「ほかに何か質問ありますか?」

私は、特に質問はなかった。

「○○ちゃんは?何かありますか?」

先生は、看護師にも聞いた。先生が、○○ちゃんと親しく看護師に声をかけるのを聞いて、この看護師さんは、きっと病院でも人気のある看護師さんなんだろうなと思って、この看護師さんに担当になってもらえて良かったと思ったのであった。

「それじゃ、病室に戻りましょうか」

看護師に言われて、先生にお礼を言ってから、看護師とともに診察室を出た。また、ダースベーターの秘密基地を通って、病室まで戻った。

「午後から猫に会いに、いったん自宅に戻るのですけど、いつ、おしっこの袋の使い方は教えてもらったら良いでしょうか?」

「じゃ、今から教えましょうか」

「そんなすぐわかるんですか?」

使い方は、とても簡単ですからと、看護師は私をトイレに連れて行き、点滴スタンドにぶら下がっていたおしっこの袋(正式には導尿カテーテル)を手に取ると、袋の正面に付いているプラスチックの蛇口の上のレバーを上に持ち上げる。これで蛇口が全開になったので、あとはトイレに袋の中に貯まったおしっこを流すだけだ。

最後の入院につづく