はじめての入院

「それでは、ゆっくりしていて下さいね」

病室まで案内してくれた看護師は、病室の案内を終えると下階に帰ってしまった。広い病室に、たった1人になった私は、病室の中を見渡した。テレビの置かれた細長いデスクの下の引き出しには鍵が付いており、金庫になっていた。貴重品をその中に閉まっておけるようになっていた。私は、手に持っていたトートバッグをぺちゃんこに潰してから、金庫になっている引き出しに閉まった。鍵をかけ、金庫から鍵を外すと、鍵に付いていた輪っかをブレスレットにして腕に通した。これで入院している間の貴重品の取扱いは安心になった。

時刻は午後の2時を過ぎていた。今朝までの自分だったら、お腹が痛く立ってなどいられなかったであろう。病室のベッドで一日寝ていられると思ったら、喜んでベッドの毛布にくるまり寝たことだろう。しかし、医務室で若い医師の先生にクダを通してもらい、お腹の中のおしっこは、全て身体の外の袋に排出されてしまった。すっかり元気になってしまった私は、昼間から病室のベッドの中でおとなしく寝てなどいられなかった。

腕には点滴を打たれており、おしっこにはクダが通されていて、点滴とおしっこの袋は、キャスターの付いたスティック状のスタンドにぶら下がっていた。点滴の袋は、棒の先っぽの高いところにぶら下げられていて、そこから私の身体の中に腕を通して落ちていた。おしっこの袋は、棒の下端のところにあるハンガーにぶら下げられていて、私の身体の中を通ったクダから排出されたおしっこが袋の中へと落ちていた。その点滴とおしっこの袋がぶら下がったスタンドを転がしながら、病院の中をどこでも好きなところに移動することは出来た。

しばらくは、キャスターの付いたスタンドを転がしながら、入院棟の受付周りや談話室、自販機の前など病院内をあっちこっちうろうろ歩き回っていた。自販機の前に立って、どんな飲み物が売られているのか確かめてみたり、掲示板に貼られた入院中の食事の献立を眺めて、どんな食事が出るのかを確かめたりしていた。しかし、どうにも暇だった。

「今日って、何か診察することないのですか?」

入院棟の受付でパソコンにデータ入力していた看護師に尋ねてみた。明日の朝、泌尿器科の先生がやって来るので、泌尿器科の先生が来たら診察してもらうまでは、身体がこれ以上悪くならないように病室で静かに安静にしている以外には、特にやることは無いらしかった。朝早くに腹痛で家を飛び出してから、病院に来て急に入院することになってしまって、家を出てくる準備は何もしていなかった。家には、大切な愛猫を残してきてしまったままだった。

「もし、今日は特になにも診察が無いのならば、1回家に帰ってもいいですか?」

私は、入院の準備も何もしてきていないのでと看護師に尋ねた。病院の夕食は、夜6時過ぎ、6時半ぐらいかららしかった。夕食の時間までには戻るという約束で、一時的に家に帰る外出の許可が出してもらえた。時刻は午後の3時近くになっていた。夕食の6時までもう3時間ぐらいしかない。看護師に点滴の袋を外してもらって、腕に刺さった点滴の針は、外れないように包帯でぐるぐる巻きにしてもらって、おしっこの袋はレジ袋に包んでもらって、持ってきた自分のトートバッグの中に入れてもらい、外出できるようになった。

「慌てなくても良いので、ゆっくり帰宅してくださいね」

時間までに間に合わないようだったら、電話してもらえれば大丈夫ですからと看護師に送り出してもらって、私は病院を出て自宅まで歩いて戻った。

自宅に着くと、愛猫が出迎えてくれた。ぶら下がっているおしっこの袋に気づき、鼻を近づけてクンクンさせた。私の病気を心配してくれている愛猫の頭を優しく撫でて抱き上げてあげた。しばらく愛猫のことを抱きあげて撫でてあげていたが、時間が無い。病院の夕食の時間までには戻らなければならないのだ。パジャマと歯みがきなどの洗顔セットを手に取ると、バッグに放り込んだ。

トイレの前の廊下には、昨夜おもらしした大きいものが散らかっていた。さすがに、それを片づけている時間は無さそうだ。まずは、自分のトイレよりも愛猫のトイレ、ペットシーツの始末を終えて、愛猫が今夜1人で過ごしている間もトイレできるように清掃した。それから愛猫の今夜と明日の朝の食事を準備しておいてあげなければお腹を空かせてしまうだろう。食事の準備を終えて、会社に病気のことを報告し、今夜は病院に入院になることも伝えた。

そこまでで時間はいっぱいだった。今夜は、愛猫も私もそれぞれ一人ぼっちだけど我慢してね。そう愛猫の頭を撫でながら伝えると、自宅の鍵を閉めて病院に戻るために再び出かけた。病院に戻ると、時刻は6時を少し回ったところだった。まだ夕食は始まっておらず、なんとかぎりぎり時間内に間に合ったようだった。

「調子はいかがですか?」

今朝の緊急外来で診てもらった若い医師が、入院棟の病室まで上がってきて挨拶に来てくれた。おしっこを抜いてもらって以来、ぜんぜん元気で回復したことを伝えると、それはあれだけ貯まっていたおしっこが抜けましたからねと笑顔で答えてくれた。緊急外来で診てもらったときは、お腹の痛みでそれどころではなかったが、その若い医師は、なかなかの好青年で明るくひょうきんな性格なことに気づいた。聞けば、先生もうちの近くのマンションに住んでいるらしいことがわかった。本日の勤務は、これで終わりで、もう自宅に帰るらしかった。

「夕食です」

先生が帰ってしまい、病室の自分のベッドに1人腰掛けていると、プラスチックのプレートに載っかった夕食が看護師によって運ばれてきた。食べ終わった頃に取りにきますからと看護師は帰っていった。

プラスチックのワンプレートの上に、ご飯の入ったお椀、お味噌汁の入ったお椀、メインのおかずがのったお皿、それに副食がのった小皿が置かれていた。おまけに小さな小皿にはデザートのフルーツまでついていた。それぞれのお皿には、埃が入らないようにプラスチックの蓋が被せられていた。プレートの脇に置かれた箸を手に取って、プラスチックの蓋を外して食事をした。

味は、レストランの外食の食事に比べると薄味だった。でも、その薄味がマイルドで私の口には合っていた。病院の食事は美味しくないという人が多いが、この病院の食事がたまたま美味しかったのか私には、とても美味しい夕食に感じた。病院の食事、なかなか悪くないじゃん。

夕食の間、各部屋の病室の表の廊下には、食事を運んできたときに使われた台車が、そのまま置かれていた。食事が終わった患者さんのプレートを看護師さんが病室から台車まで戻して、全員のプレートを回収し終わったら、台車毎キッチンまで移動して、食事の担当者がお皿の後片付けをするようだった。

他の人たちのいる病室を覗きこむと、ほとんどの患者さんは皆、食事を食べ終えると、食べ終わった食器は病室のテーブルの上に置きっぱなしにしていた。点滴やらいろいろなものが身体に巻きついた患者さんたちの姿を見て、あんなに重症な患者さんたちだったら食べ終わった食器の後片付けなんて自分でやるのはつらいだろうから仕方ないだろうなと思った。自分は、もうすっかり元気なのだ。自分が食べ終わった食器の後始末ぐらい自分で出来る。そう思ったので、食べ終わった食器は、自分で部屋の表に停まっている台車まで運んで、そこの上に戻した。

「ありがとうございます」

看護師さんは、慌てて台車までやって来て、私の食べ終わった食器を受け取ってくれたが、私自身、自分が食べ終わった食器の後片付けすらできない重症患者にはなりたくなかったのだった。自分は食器の後片付けぐらい自分で出来る元気なんだぞと意思表示したかったのだった。

夕食のあとは、病室の廊下を点滴スタンドを転がしながら、あっちこっちに移動したり、談話室のソファに腰掛けたりしながら過ごした。ピンクの薄い花柄のパジャマを着たおばあちゃんも私と同じように病院の廊下や談話室をうろうろしながら過ごしていた。その他の患者さんたちは、元気がないのか、それとも病室でテレビでも視て過ごしているのか部屋から出てくることはなかった。病室の外でうろうろと過ごしているのは、私とそのおばあちゃんの2人だけだった。

病院の消灯は9時だった。

9時になる少し前に、点滴スタンドを転がしながらエレベーターに乗って1階の自販機の前まで行ってみた。入院のフロアにあった自販機は、缶やペットボトルに入ったどこにでもある自販機だったが、1階の自販機は紙コップに飲み物が出てくる自販機だった。病院が寒いのか、パジャマでいるせいなのか温かい飲み物が飲みたくなったので、その自販機でミルクティーを買ってみた。

お金を入れて、ボタンを押すと紙コップが落ちてきて、その中にミルクティーが注がれた。自販機の出口の扉を開いて、中から紙コップに入ったミルクティーを取りだして、それを持ってエレベーターに乗りこみ、自分の病室に戻った。9時になって病室の明かりが消されて、真っ暗な中でベッドに入って、毛布をかけ、窓から見える横浜の夜景を眺めながら買ってきた温かいミルクティーを飲んだ。

泌尿器科の先生につづく


はじめての入院
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