動物パラダイス

「オーライ!オーライ」

正英は、お母さんの運転するトラックを、オーストラリア市街の狭い空き地の中に停車させるため、トラックの後方に立って、誘導していた。

「OK!」

正英の合図に、正英のお母さんは、トラックのハンドブレーキを引いて、その場にしっかり停車させた。

「お疲れさまです」

トラックが停車するところを近くで見ていた祥恵のお母さんが、トラックの運転席から降りてきた正英のお母さんに声をかけた。

「また、お世話になります」

「いいえ、こちらこそ。配達は無事終わりましたか?」

「ええ」

正英のお母さんは、祥恵のお母さんにニッコリと微笑んだ。

「また、一緒になったね。お帰り」

「ただいま」

正英は、祥恵に答えた。正英のお婆ちゃんは、久しぶりに会ったゆみのことを抱きしめてくれた。

正英のお母さんは、オーストラリアの僻地への物流を済ませて、オーストラリア市街にやって来たのであった。祥恵のお父さんは、一足先にオーストラリア市街入りしていて、ここの空き地にキャンピングカーを停車させて、数日前から歯医者さんを開業していた。

正英のお母さんも、トラックをこの空き地に停車させて、明日からしばらくは、オーストラリア市街で、宅配便屋さんを始めることになっていた。正英のお母さんが、宅配屋さんをやている間は、トラックもお母さんと一緒に出かけてしまうので、その間は、正英もキャンピングカーにやって来て、そこで学校の授業を一緒に受けることになっていた。

「お婆ちゃんも、宜しかったらどうぞ」

「お世話になります」

正英のお婆ちゃんも、キャンピングカーの車内のダイニングで、お母さんが配達している間、一緒に待っていることとなった。といっても、キャンピングカーのダイニングも、昼間の歯医者を営業中は診察室になってしまうので、後ろのベッドスペースで待つこととなった。

「なんだか、お婆ちゃんが一緒だと、毎日が授業参観日みたいで、落ち着かないな」

正英は、祥恵に言った。

「そうだね。正英は、お婆ちゃんとか親に授業態度見られるとまずいこといっぱいあるものね」

「いや、まずいことは無いんだけど・・」

正英は、祥恵の言葉を慌てて否定していた。

「今日の午後からは、お母さんが担当している患者さんは、特に誰も予約ないんだけど、ちょっと皆で散歩にでも行こうか?」

学校の授業が終わって、キャンピングカーのダイニングで、皆でお昼ごはんを食べているときに、お母さんが言った。

「お散歩ってどこに行くの?」

祥恵は、お母さんに聞いた。

「そうね。この先の市街を抜けたところに、コアラとかカンガルーの保護施設があるらしいのよ。歩いても2、30分ぐらいのところらしいから、そこまで行ってみない」

「コアラちゃん!あたし、行く!」

お母さんの返事を聞いて、ゆみが真っ先に返事をした。

「ゆみは、動物好きだからね」

祥恵は、ゆみの返事に微笑んでいた。

「歩いて2、30分だってよ。ゆみに歩けるの?」

「うん、歩ける!」

「疲れても、お姉ちゃんはおぶってあげないよ」

「大丈夫!」

ゆみが、祥恵に返事した。地上で、放射能だらけのガミラス宇宙船と共に、地上の動物たちを救出している間に、生まれつき弱かった身体も、だいぶ体力を回復してきているようだった。

「ゆみちゃん、丈夫になったよね」

「確かに、地上で暮らしていた頃よりは、強くなったよ」

祥恵は、正英に答えていた。

「本当なんだな。なんか、ガミラス宇宙船を乗っ取って、地上の動物たちを救出した子どもたちが皆、その後に、身体にあった障害が、目が見えるようになったり、耳が聞こえるようになったりしたって話」

「そうみたいね・・」

祥恵は、正英に返事した。

「あれだよな。かおりちゃんも、ガミラス宇宙船を乗っ取っていたら、今ごろ元気にここに一緒にいたかもしれないな」

正英は、祥恵に言った。

「確かに、本当だね」

祥恵も、正英の言葉に大きく頷いていた。かおりというのは、祥恵と正英のかつてのクラスメートだった。かおりは、生まれつき、目が見えなくて、耳も聞こえない。おまけに足も弱くて、車椅子で生活していた。いつも学校にも、車椅子で通っていて、祥恵たちの担任の佐伯先生が、毎日送り迎えをしていたのだ。

かおりの病状は、学校が夏休みの間に、急激に悪化して、病院に入院するようになったが、結局回復することができずに、そのまま亡くなってしまっていた。ガミラスの遊星爆弾が地上に落ちてくる少し前の話だった。

確かに、正英の言うように、ガミラスの遊星爆弾が降ってきたときまで、かおりも一緒に生きていたら、かおりの目も、耳もふつうに治っていたかもしれなかった。

「ほら、ゆみ。授業中だよ。よそ見しないの」

「でも、お姉ちゃん。あっちの空を見て。いっぱい流れ星が飛んできているよ」

授業中に、学校の窓から見える三鷹の山の向こうに、たくさん降り注いでいたガミラスの遊星爆弾を、ゆみが見つけたときから、この地下都市への生活は始まっていた。

ゆみも、勘が鋭いというか、誰よりも早くガミラスの遊星爆弾が降ってくるのを見つけたりしていたけど、かおりも、ゆみに負けず劣らず、そういった直感力に優れた子だった。

「ゆみちゃん、流れ星だ!」

「本当だ!流れ星だね」

きっと、ゆみとかおりの2人で、ガミラスの遊星爆弾が降ってくるところを発見していたかもしれない。そして、学校から自宅に避難して、お父さん、お母さんとキャンピングカーに荷物を積んで、避難し始めるんだけど。ゆみが、お得意の勘を働かせて、動物を救いに行こうと言い出して、その頃に、きっとかおりは、かおりで、自分のお母さんに動物を救いに行こうと言い出してたりして、お互いの直感が呼びあって、うちとかおりの家で一緒に避難、というか動物たちの救出に向かうようになっていたのかもしれないな。

「ほら、祥恵。出かけましょう」

「あ、はい」

お母さんに声をかけられて、祥恵は慌てて靴を履いて、キャンピングカーの表に出た。

「いま、何を考えていたの?」

正英に聞かれて、祥恵は慌てて別にと答えていた。

「まさか、かおりちゃんが、ゆみちゃんと一緒に、地上の動物たちをガミラスの宇宙船で救出していたとか」

「え、なんでわかるの?」

「俺も、そんな場面を、なんとなく想像していたところだったから」

「へえ、不思議。同じこと妄想していたなんて・・」

「俺たち、けっこう相性あうのかもな」

「そうだね・・」

と、祥恵は、思わず正英に返事を返しそうになっていた。

「お姉ちゃん、早く!」

「はいはい」

お母さんの手をつないで先を歩いていたゆみに声をかけられて、祥恵と正英は、少し駆け足になっていた。2人の前を、お母さんと手をつないだゆみ、それに正英のお婆ちゃんが歩いていた。

「どんな動物がいるかな?」

ゆみは、歩きながら、お母さんに聞いていた。

「カンガルーいるかな」

「いるわよ」

「コアラはいるかな」

「いるわよ」

「ウォンバットはいるかな」

「きっと、いるわよ」

「ワラビーはいるかな」

「きっと、いるわよ」

「カモノハシはいるかな」

「そうね。きっと、いるわよ。本当に、ゆみちゃんは、色々な動物の名前をよく知っているわね」

お母さんは、ゆみの頭を撫でていた。

「あ、コアラ!」

そこは、動物好きのゆみにとっては絶好のパラダイスだった。

市街地からそれほど離れていないところに、オーストラリアの動物たちを保護する施設があった。街に迷い込んだ動物とか、道路で親とはぐれてしまった子どもの動物とかを、そこの保護施設で預かり、育てていた。

ある程度の年齢になって、自分1人でも野生の中で暮らしていけると判断された動物たちは、市街地から離れた自然の中に帰されていた。

「あ、ガミラスの宇宙船!」

ゆみは、保護施設の広大な敷地の、草原の中に緑色の金魚みたいな形をしたガミラスの宇宙船が朽ち果ててしる姿を見つけた。そこの保護施設の案内係の説明によれば、オーストラリアの地上に住んでいた車椅子の少女が、そのガミラス宇宙船を乗っ取って、地上に取り残されていた動物たちを、この地下都市に連れてきたのだという。

「ゆみと同じじゃない」

お母さんは、その話を聞いて、ゆみに言った。

「オーストラリアにも、ゆみのような少女がいたのね」

「その女の子は、どうなったの?」

ゆみが、祥恵に聞いた。

「さあ、どうなったのかしらね」

「その女の子は、どうしているのですか?」

お母さんが、案内係に英語で聞いてくれた。

「女の子ですか。女の子は、元気に地下都市の学校に通っていますよ」

案内係は、お母さんに答えた。

ゆみたちの学校は、地上から地下に避難してきたときに、生徒たちが皆、ばらばらになってしまったからとタブレット端末を利用したリモート学校だったが、オーストラリアの学校は、リモートではなく、ちゃんと学校に通って勉強をしているらしかった。

「それが、奇跡が起きたのですよ!」

案内係の女性は、お母さんに女の子のことを聞かれると、別に、お母さんが追加で質問もしていないのに、興奮したように、そのときの話を聞かせてくれていた。

「その女の子なのですが、ガミラスの宇宙船で動物たちを地下に連れて来ると、それまで一切、自分の力で歩いたことのなかった車椅子の女の子が、地下都市では普通に歩けるようになったのですよ」

案内係は、お母さんにそう話した。

「その女の子の足は、生まれつき完全に骨が曲がっていて、ぜったいに歩けるようにはならないと、医者からは言われていたのです。それが、地下都市に動物たちを連れてきたときから、急に普通に歩けるようになったのですよ」

案内係は、奇跡だと興奮した様子で、お母さんに説明していたが、実際に、自分の娘のゆみも、それと同じ経験をしているので、お母さんの方は、さほど驚くことは無かった。

「奇跡だと思いませんか?」

あまりに、お母さんの反応に驚きが見られないので、少し拍子抜けして、案内係は、お母さんに聞き返していた。

「それって、まるで、うちのゆみと同じですね」

お母さんは、自分の娘のゆみのことを、案内係に紹介しながら、ゆみも、日本の地上では、ガミラスの宇宙船を乗っ取って、動物たちを救出していたことを説明した。

「え、彼女もそうだったの!」

その話を聞くと、今度は案内係の方が、お母さんと横にいるゆみの姿を見比べながら、驚いていた。

「良かったら、ガミラスの宇宙船の中もご覧になりませんか」

お母さんから、ゆみもガミラス宇宙船を乗っ取って、動物を救い出していたという話を聞くと、案内係は、本来、案内のコースではないのだが、施設内に放置されているガミラスの宇宙船の内部まで見せてくれた。

「あ、赤ちゃん!」

草原に朽ち果てている宇宙船の中は、内装が整備されていて、コアラやウォンバットなどの動物の赤ちゃんが飼育されている場所になっていた。

「かわいい」

ゆみは、すぐにその場所にいたコアラの赤ちゃんと仲良くなって、抱き上げて一緒に遊んでいた。

「さすが、日本で地上の動物たちを救ってきただけあって、彼女も動物たちとの相性は抜群ですね」

コアラの赤ちゃんと楽しそうに遊んでいるゆみの姿を見ながら、案内係は、お母さんに話していた。

「本当に、動物が好きなんだな」

正英も、祥恵も、コアラたちと遊んでいるゆみのことを眺めていた。

「ゆみって、ここでずっと暮らしたいんじゃないの」

祥恵は、ゆみに言った。

「良いかもね。ゆみちゃんにあっているよ」

正英も、祥恵の話に頷いていた。

「あの、良かったらなのですが、署名してもらえませんか」

案内係は、帰り際、お母さんに1枚の用紙を見せて、お願いした。

「これは、何ですか?」

「今、ここの施設から少し行ったところにある、その奥の空き地を開発している業者がいるんですけど」

案内係は、お母さんに説明した。

「その業者なのですが、なんかそこの空き地を開発して、恐竜ランドを開園しようとしているのです」

「恐竜ランドですか?」

「ええ。もちろん、恐竜なんて今の時代にはいるわけありませんから。おそらくトカゲやワニなどの爬虫類専門の動物園でもオープンさせる気なのでしょうが」

案内係は、お母さんに言った。

「それが、どうも密輸の動物なのか、無理やり遺伝子操作をして作り出した動物なのか、どうも怪しい連中なのです。そんな連中に、動物たちを金儲けの道具に扱われるのは、好ましくないというか、保護施設の皆や、この付近の住民たちとともに反対活動をしているのです」

お母さんは、祥恵の方を見た。

「どう思う?」

「動物たちに好ましくないことなら、反対してあげたい気が・・」

「それじゃ、サインしましょうか」

お母さんは、もう一度、一通り案内係が見せてくれたパンフレットに目を通してから、ボールペンでサインした。祥恵も、正英も、正英のお婆ちゃんも署名していた。ゆみだけは、年齢がまだ達していないということで、署名することはできなかった。


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